Yogi's World Performing Journey!

パフォーマーYogiのブログサイト

世界の大晦日!爆竹の雨嵐とは!?

2019/03/19
 
この記事を書いている人 - WRITER -
パフォーマーYogi 二十歳の頃より世界を周る放浪の旅に出る。アジア、ヨーロッパ、アフリカと駆け巡り、そこでの出逢いからパフォーマーとして歩み始める。その後はイタリアに居を定め演劇芸術を学んでいく。豊富な経験と独特の感性から綴られる言葉は広く世の中を貫く。特技はバルーンアートとジャグリング、ハンドパン演奏!
詳しいプロフィールはこちら

みなさん!2019年、明けましておめでとうございます!

年越しはどこでどんな風に過ごしましたか?

今回は僕の過ごしてきた海外での年越しの様子を書いてみたいと思います。

世界のカレンダー、現在の暦はいつから?

そもそも、世界には色々な暦がありますが、現在の暦になったのはみなさんいつからかご存知ですか?

現在世界で使われているのはグレゴリオ暦といい、1532年からヨーロッパで使われ始めたそうです。
その以前まではユリウス暦というのが使われていましたが、地球の正確な公転周期からズレが大きく、年を追うごとに大きな問題となっていたようです。

日本でもグレゴリオ暦が伝わると、1872年(明治5年)から使い出したそうです。

それ以前までは中国暦を使っていたそうです。

世界にはそれぞれの文化から生まれた暦があり、ユダヤ暦、ヒンドュー暦、中国暦、エチオピア暦、ヒジュラ暦、ジャワ暦、タミル暦、ゾロアスター暦などなど、たくさんあります。

また今現在世界で使われているグレゴリオ暦は、キリストの生誕を基点として考えている為に、キリスト教圏以外ではそれが適切かどうかという物議も醸し出しているようです。

日本ではたまに皇紀という年号を見かけたりしませんか?
皇紀は、初代天皇とされた神武天皇即位の年から基点とし作られています。2019年の今年は、皇紀2679年です。

まるで爆弾テロ!?カウントダウン恐怖の爆竹地獄!

その日1231日、その日も僕は住み出したばかりの街、イタリアのローマにて働いていた。

イタリア人はとっくに休暇に入っているが、日本人旅行客を相手にする僕の会社の商売では、また経営者が日本人では、休暇なんて言葉は存在しないも同然だった。

その日僕は、撮ったばかりのお客さんの写真を持って、ローマ市内中のホテルに配達に回っていた。

しかし昼頃から鳴り始めたそれは、時刻を増すごとにどんどんと増えていく。

その度に僕はビクッとするのだが、そんな事とは御構い無しに、皆愉快そうにそれをする。

それは、’’爆竹’’だった。

なんの文化かわからないが、みんな爆竹を買ってきて、道路にポイッとする。

一応車がいなかったり、歩行者がいない所へ投げるが、年末の人通りが多くなっているところ、爆竹と人との距離もだんだん短くなる。

’’パパパパパパン!!’’

というような通常の爆竹ならばまだいいが、たまに本当に爆弾かと思うような大きな物まで登場する。

その時は、’’ドンッ!’’だ。

衝撃波さえ感じ、近くに駐車されている車はその衝撃で防犯ブザーが鳴る。

正直に危ないし、自分の近くに落とされたらめちゃくちゃ怖い。

これらは街に多く点在する中国人のお店で買える。
中国人のお店はローマ中にある。
中国製の安くて便利なものがたくさん揃っている。

おそらく爆竹を鳴らすのは中国の文化だろう。中国では厄払いの為に年越しや新年に爆竹を鳴らす風習があると聞く。

しかし、それを使って路上に投げているのは、そのだいたいは、アフリカやアジア各国からやってきた移民者や出稼ぎ労働者たちだった。おそらく彼らはただの愉快犯だ。

クレイジー。恐怖の年越しの瞬間

時刻はいよいよカウントダウンへと向かっていた。

仕事を終えた僕は、一旦自宅に戻り荷物を置いてから、街の大きな広場へと向かった。

この時僕が向かったのはローマの中で一番大きなポポロ広場という場所だ。

広場は丸く、直系で200メートル以上はある。

地下鉄から直結したこの広場は、多くの人でごった返していた。

そしてこの時見た光景を僕は未だに忘れられない。

そこでは多くの人達が巨大な輪を作り、輪の中には爆竹が投げ入られ、そして飲み終わったビール瓶がどんどん投げ入られていた。その為に辺りは火薬と煙、そして割れた瓶だらけであった。

さながら映画のワンシーンにも負けを取らないほどのカオスと狂気の沙汰に見えたのであった。

人々は何をやっているのだろう?

恐ろしく鳴り響く大きな音の爆竹と、そこら中でキラッと光る尖ったビール瓶の破片に人々の心の片隅を見た気がした。

そのままカウントダウンと共にその輪の中はより一層激しさを増していったのは言うまでもない。

もう一つ、僕は一度アフリカでも年越しに立ち合った事があった。

西アフリカのコートジボワールだ。そこの旧首都アビジャン。

アフリカ旅をしている最中で、望と一緒に過ごした。

僕らは街の繁華街に行ってみた。

そこでは多くの人達が騒いでいて、ここでも使われていたのが爆竹だった。
さらに最悪なのは、ロケット花火を火を付けてからポイっと投げるのだ。
これはどこに飛んだ行くか分からない、一番最悪のパターンだった。

当たったら怪我するし、顔や目に当たったらどうするんだ?

けれどみんなそんな事御構い無しにやるし、他のみんなも大して気にしてない

おかげで爆竹やら、ロケット花火が行き交う状況の中で、僕らは地元の人達と一緒に飲みはしゃぎ過ごしたのだった。

爆竹は中国の文化だと思っていたが、こんな距離の離れたアフリカの片隅にも同じようなことをやる文化があって驚いた。

これは、ただ単純に中国文化と共に安い製品が出回り真似しているだけなのか、それともここでも伝統的に爆竹というものがあるのかは定かではない。しかし一つ言えることは、今では多くの国で爆竹を鳴らしたり愉快に危険なことをやる人達が増えたということだろうか。

僕はもう一つ、西アフリカのギニアという国でも年越しをした事があった。

そこは僕が訪れた中でもダントツに貧しい国だったのだが、そこでの様子は上記したものとはさすがに少し違っていた。

首都のコナクリでも、貧しさと政治の悪さから、電力供給が安定しない。

計画停電というのは日常で、街のブロックごとに停電と通電日が日に繰り返されていた。

僕の住んでいた地区は運悪く大晦日の日に停電日となってしまった。

カウントダウンに友達たちと車で出かけるが、思いの他電気の通っている所は少なくどこに行っても真っ暗だった。

バーに入るが真っ暗だ。ロウソクが立っていて、客が数人いる。

しばらくして、いよいよ年が明けるぞ、という時になっても、しかしみんなその正確な時間が分からないのだった。

僕らは、多分明けた、おめでとうー!!と騒いでいると、まだだぞ、という人がいたり、いやいや実は30分くらい前にすでに明けているよという人が現れたり。(笑)

誰にもその真相さえ分からなかったのだった。

街も真っ暗で何も見えない。所々で騒いでいる声だけはした。

世界には色々な状況で、様々なカウントダウンがあるんだなと思った瞬間だった。(笑)

まとめ

僕にとって年越しって不思議な感覚があって、ある種、人類皆で共有する一種の運命みたいなものを感じます。

お金持ちでも権力者でも、どれだけ力があろうとなかろうと、肌の色も、宗教の違いも、身分の違いも全てを超え、誰にでも平等に背負う’’運命’’みたいなものを感じます。

時の重み。

歴史の歩み。

大いなる力の中で生かされ、その力の前では無力に等しく、ただそれを受け入れるしかない。

年が変わる瞬間は、毎年、そんな偉大な何かを感じざるにはいれません。

そして元旦の特別感!

今年もまた始まりましたね!

2019年もよろしくお願いします!\(^o^)/

この記事を書いている人 - WRITER -
パフォーマーYogi 二十歳の頃より世界を周る放浪の旅に出る。アジア、ヨーロッパ、アフリカと駆け巡り、そこでの出逢いからパフォーマーとして歩み始める。その後はイタリアに居を定め演劇芸術を学んでいく。豊富な経験と独特の感性から綴られる言葉は広く世の中を貫く。特技はバルーンアートとジャグリング、ハンドパン演奏!
詳しいプロフィールはこちら

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© World Performing Blog , 2019 All Rights Reserved.