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世界の大晦日!ここまでクレイジー!?限界ギリギリ爆竹の雨嵐とは!?

世界の年越し

みなさん!新年明けましておめでとうございます!

年越しはどこでどんな風に過ごしましたか?

カウントダウンや歌のライブ。友達と過ごしたり家族と過ごしたり!

日本もさることながら海外でも年越しのカウントダウンは大規模に行われます。

今回は海外の有名地ではなく、ローカルな生活の中ではどんな年越しをしているのか、僕の体験談を交えてレポートしてみたいと思います!

しかしそれは一言!

めっちゃクレイジーです!!

イタリア・ローマ編

その日12月31日、僕は住み出したばかりの街イタリアのローマにて働いていた。

この時期イタリア人はとっくに休暇に入っているが、日本人の経営者でまた日本人旅行客を相手にする僕の会社では、休暇なんて言葉は存在しないも同然だった。

 

その日僕は、撮ったばかりのお客さんの写真を持って、ローマ市内中のホテルに配達に回っていた。

しかし昼頃から鳴り始めたそれは、時刻を増すごとにどんどんと増えていく。

その度に僕はビクッとするのだが、そんな事とは御構い無しに、皆愉快そうにそれをする。

それは、「爆竹」だった。

まるで爆弾テロ!?カウントダウン恐怖の爆竹地獄!

なんの文化かわからないが、みんな爆竹を買ってきて、道路にポイッとする。

一応車がいなかったり、歩行者がいない所へ投げるが、年末の人通りが多くなっているところ、爆竹と人との距離もだんだん短くなる。

「パパパパパパン!!」

というような通常の爆竹ならばまだいいが、たまに本当に爆弾かと思うような大きな物まで登場する。

その音は、「ドンッ!」だ。

衝撃波さえ感じ、近くに駐車されている車はその衝撃で防犯ブザーが鳴るのだった。

正直に危ないし、自分の近くに落とされたらめちゃくちゃ怖い。

 

これらは街に多く点在する中国人のお店で買える。

中国人のお店はローマ中にある。中国製の安くて便利なものがたくさん揃っている。

おそらく爆竹を鳴らすのは中国の文化だろう。中国では厄払いの為に年越しや新年に爆竹を鳴らす風習があると聞く。

しかし、それを使って路上に投げているのは、そのだいたいはアフリカやアジア各国からやってきた移民者や出稼ぎ労働者たちだった。おそらく彼らはただの愉快犯だ。

クレイジー。恐怖の年越しの瞬間

時刻はいよいよカウントダウンへと向かっていった。

仕事を終えた僕は、一旦自宅に戻り荷物を置いてから、街の大きな広場へと向かった。

この時僕が向かったのはローマの中で一番大きなポポロ広場という場所だ。

広場は丸く、直系で200メートル以上はある。

地下鉄から直結したこの広場は、多くの人で賑わっていた。

 

そしてこの時見た光景を僕は未だに忘れられない。

そこでは多くの人達が巨大な輪を作り、輪の中には爆竹が投げ入られ、そして飲み終わったビール瓶がどんどん投げ入られていた。

その為に辺りは火薬と煙、そして割れた瓶だらけであった。

さながら映画のワンシーンにも負けを取らないほどのカオスと狂気の沙汰に見えたのであった。

人々は何をやっているのだろう?

恐ろしく鳴り響く大きな音の爆竹と、そこら中でキラッと光る尖ったビール瓶の破片に人々の心の片隅を見た気がした。

そのままカウントダウンと共にその輪の中はより一層激しさを増していった。

アフリカ・コートジボワール編

もう一つ、僕は一度アフリカでも年越しに立ち合った事があった。

西アフリカのコートジボワールだ。そこの旧首都アビジャン。

アフリカ旅をしている最中に過ごした。

 

僕らは街の繁華街に行ってみた。

そこでは多くの人達が騒いでいて、ここでも使われていたのが爆竹だった。

しかしアフリカはさらにワイルドだった….。ロケット花火を火を付けてからポイっとどこかへ適当に投げるのだ。

これはどこに飛んだ行くか分からない、一番最悪のパターンだった。

当たったら怪我するし、顔や目に当たったらどうするんだ?

けれどみんなそんな事御構い無しにやるし、他の人達も大して気にしてない

おかげで爆竹やら、ロケット花火が行き交う状況の中で、僕らは地元の人達と一緒に飲みはしゃぎ過ごすのだった。

まもなくカウントダウンへ!

みな陽気ではしゃぎ回る^^

爆竹は中国の文化だと思っていたが、こんな距離の離れたアフリカの片隅でも同じようなことをやるとは、と驚いた。

しかしこれは、ただ単純に中国文化と共に安い製品が出回り真似しているだけなのか….?

それともここでも伝統的に爆竹というものがあるのかは定かではないもだが。

しかし一つ言えることは、今では多くの国々で爆竹を鳴らしたり愉快に危険なことをやる人達が増えたということだろうか。

アフリカ・ギニア編

僕はもう一つ、西アフリカのギニアという国でも年越しをした事があった。

そこは僕が訪れた中でもダントツに貧しい国だったのだが、そこでの様子は上記したものとはさすがに少し異なっていた。

ここは首都のコナクリでも電力供給が安定しない。

計画停電というのは日常で、街はブロックごとに停電と通電日が日に繰り返されていた。

そんな中、僕の住んでいた地区は運悪く大晦日の日に停電日となってしまっていた。

 

カウントダウンに友達たちと出かけるが、思いの他電気の通っている所は少なくどこに行っても真っ暗だった。

バーに入るが真っ暗だ。ロウソクが立っていて、客が数人いる。

しばらくして、いよいよ年が明けるぞ、という時になっても、しかしみんなその正確な時間が分からないのだった。

僕らは、多分明けた、おめでとうー!!と騒いでいると、まだだぞ、という人がいたり、いやいや実は30分くらい前にすでに明けているよという人がいたり。(笑)

誰にもその真相さえ分からなかったのだった。

街も真っ暗で何も見えない。所々で騒いでいる声だけはした。

世界には色々な状況で、様々なカウントダウンがあるんだなと思った瞬間だった。(笑)

コラム:世界のカレンダー、現在の暦はいつから?

そもそも、世界には色々な暦がありますが、現在の暦になったのはみなさんいつからかご存知ですか?

現在世界で使われているのは「グレゴリオ暦」といい、1532年からヨーロッパで使われ始めたそうです。

その以前までは「ユリウス暦」というのが使われていましたが、地球の正確な公転周期からズレが大きく、年を追うごとに大きな問題となっていたようです。

日本でもグレゴリオ暦が伝わると、1872年(明治5年)から使い出したそうです。

それ以前までは中国暦を使っていました。

 

また、世界にはそれぞれの文化から生まれた暦があり、ユダヤ暦、ヒンドュー暦、中国暦、エチオピア暦、ヒジュラ暦、ジャワ暦、タミル暦、ゾロアスター暦などなど、たくさんあります。

また今現在世界で使われているグレゴリオ暦は、キリストの生誕を基点として考えている為に、キリスト教圏以外ではそれが適切かどうかという物議も醸し出しているようです。

日本でもたまに皇紀という年号を見かけたりしますよね^^

皇紀は、初代天皇とされた神武天皇即位の年から基点とし作られています。2019年の今年は、皇紀2679年だそうです。

まとめ

僕にとって年越しって不思議な感覚があって、ある種、人類皆で共有する一種の運命みたいなものを感じます。

お金持ちでも貧困に喘ぐ人でも、どれだけの権力者であろうとなかろうと、肌の色も、宗教の違いも、身分の違いも全てを超え、誰にでも平等に背負う「運命」みたいなものを感じます。

それは時の重み。

そして歴史の歩み。

宇宙の大いなる力の中で生かされ、その力の前では無力に等しく、僕らはただただそれを受け入れるしかない。

年が変わる瞬間は、毎年、そんな偉大な何かを感じざるにはいれません。

そして元旦の特別感!

今年もまた始まりましたね!

年もどうぞよろしくお願いします!\(^o^)/

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