僕らが辿り着いた地ケープコーストは、「面白い」が凝縮されたような場所だった。
元奴隷貿易の拠点の街という事でその当時に使われていた大きな要塞があり、その前には見事な教会も建っている。
観光客も多く、土産物屋も並び賑わいがあった。
また、音楽や踊りなどの伝統芸能も守られていて文化センターがあった。
街には現地の若者で賑わい、その彼らが僕らの泊まっていたゲストハウスのバーに集い、ここをさらに面白い場所にしていた。
彼らの多くがラスタマン達だった。→ラスタファリズムとは?凄惨な歴史の裏にあった奴隷黒人たちの叫び
そこのゲストハウス・オアシスはというと、ドイツ人とガーナ人の夫婦がやっている宿だった。
自由な空気で運営されていたのもまた魅力の一つだった。
小ぢんまりとしたこの街の中心部には、広場や学校、レストランにバーなどがあり、また市場では多くの商品が出回っていて必要なものはだいたい手に入った。
街には活気があり、人々はフレンドリー。
ここにいると心安らぐ感覚さえあった。
目次
雄生到着!圧巻!火の舞パフォーマンス!
夜になると、昨日同様にオアシスの中庭では地元民によるショーが行われた。
今日はより大きな規模で、来ているアーティストやパフォーマーの数も多かった。
歌や音楽、アクロバットやマジックなど昨日のように様々な出し物があった。
僕は雄生がいつ来るのかとヤキモキしながら待っていたがなかなか来なかった。
彼は今日、隣国コートジボワールから着くはずだった。
ショーは盛り上がって進んでいき、時間も順調に過ぎていった。
そしてそろそろ終盤を迎え、終わってしまうのではないかという時になって、雄生は到着した!
着いて早々、この状況を一目見るなり彼はすでにやる気満々だった。さすがだ(!)
急遽、飛び入りで参加してきた見知らぬアジア人を現地のパフォーマー達は歓迎した。
ショーの中心核となって取り仕切っていた2人組に声を掛けるなり、一言二言話すと早々に決まり、雄生はその後すぐに舞台に投げ込まれた。
雄生は火を使うファイアージャグリングを行なった。
観客たちは突如現れたアジア人に興味を抱き、そして今までのアフリカ人のパフォーマー達とはまた違った演技に歓喜の声を上げた。
最後には口に含ませた油で火吹きも行ない、上手くショーの最後を締め括ったのだった。
Mr.ファンタスティックとキャプテンガーナ
ショーが無事に終わると僕は安堵した。無事に間に合ってよかった。
チップ箱が観客達の間を周った。
かんじんの雄生は、先ほどの中心核でやっていたパフォーマー達と話していた。
色々と盛り上がっているようである。
その内に僕の方へもやって来て彼らを紹介してくれた。
『彼はMr.ファンタスティックと、もう一人はキャプテンガーナと言ってパフォーマンスだけで生活しているらしいよ』
そういうと、その2人は僕の方を見てニッコリと笑ってきた。
2人の名前が面白くって僕も笑った。
『彼らはケープコーストに住んでいて、もしうちらがしばらく滞在するようならば一緒に何かやろうってさ。ここの他にもガーナにはいくつかこういったパフォーマンスをできる場所があって、一緒に周ろうって誘ってくれてるよ!』
話は同じパフォーマーとして面白い方向に進んでいるようだ。
僕はそれは良さそうだね、と答え彼の進むべき道を応援した。
話はさらに続いた。
今度はすごく長く話している。みなとても真剣な顔だ。
僕も英語は分かるが、雄生のネイティブイングリッシュには勝てず、また複雑な会話や難しい会話には付いていけなかった。
自分探しの仕方
一通り話し終わると、雄生は僕に向かってこう言った。
『なんか、今月の終わりにサッカーのアフリカンカップというのがあるらしいよ。
それはアフリカ全部の国が参加するとても大きなイベントらしくて、そしてその開催国が今回はガーナなんだって。
そのオープニングセレモニーでもしかしたらパフォーマンスが出来るかもしれないって言うんだけど、そこに一緒に出ないかって誘って来てくれてるんだよね。』
そういえばケープコーストの街中にも、サッカーの広告がたくさん出ていた。
そうか、あれはそんな大きなイベントだったのか。
僕は単純にすごいと思って、『是非やりなよ!』と彼を後押しした!
そして彼は意外にも僕にも尋ねて来た。
『洋二もやるでしょ?』、と。
僕は最初、『はぁ?』と思い、困惑した。
意味も分からなかった。
僕なんかは最近ボールが三つ回せるようになったくらいで、基本中の基本だけしかできない。他に芸といった芸などはなかった。
決して人様に見せれるようなものではない。
しかし、それでも雄生はイキイキと僕に聞いてくる。『いいじゃん!それでももう出来るじゃん!一緒にやろうよ!』、と…。
この男、果たしてどこまで本気で言っているのか分からない。
そんな大きなイベントでそんなんで出れるもんか!
僕は頭ごなしに否定した。
彼はそれでも、全くそう言ったマイナスな事は考えずに、『今できる事をやればいいじゃん!しかもあと3週間もあるようだから練習しようよ!』と言ってくる。
僕は空いた口が塞がらなかった。
彼は本気らしい。
僕はそれでも…と、言いかけて、しかし言い訳をしている自分に気付きやめた。
ここに来るまでの間に、僕は「変わりたい」と切に願い、何にでも挑戦して行こう、と決めたばかりだった。
これはチャンスではないのか??
けれどいきなし、こんな大舞台に…!?
僕は半ば信じられなかったが、これは何かの御縁か導きか?
しかしこれは、「自分探しの旅」。
別にパフォーマーになりたいとは思っていない、だけど自分が何者であるかもまだ分からないのならば、何にでも挑戦していかなくては、この先も決して何も分からないのではないだろうか?
「今できる事を精一杯取り組む事」
答えはきっとこれしかない。
僕は、雄生の根拠のない大丈夫、という言葉に安心を覚え、行けるところまで行ってみよう、そう思ったのだった。
練習、練習、練習、そしてまた練習の日々。
次の日から、僕らの猛特訓が始まった。
やるからには恥をかきたくないし、中途半端なものは見せたくない。
そう思うのは日本人の精神からだろうか?
僕らは朝起きて、夜寝るまでの間に、食事時間などを抜いても一日10時間近くジャグリングの練習をした。
それでもやり足らず、寝る時までもそれを考えていた。
しかし実はすっごく楽しかったし、大変という感覚は一切なかった。メキメキと上達していく自分が楽しかったのである。
また、オアシスの庭は広く、目の前には大西洋が広がり、集中しやすい環境だったのもある。
日中暑かったり汗をかいたりしたら、そのまま海へと飛び込んだ。
最高だった。
僕の目は確実に変わり始めていた。それは、明確な目標が僕を突き動かしたのだろうか。
Mr.ファンタスティックやキャプテンガーナも練習に参加した。
共にジャグリングをしたり、アクロバットをしたり、お互いのスキルやモチベーションを高め合った。
物売りが時たま、水や軽食を頭に乗せて売りに来る。
また近所の人たちは僕たちのその練習を見守った。
ジャグリングというのは面白く、努力と結果が目に見える形ですぐに現れる。
10回しか出来なかったのが、15回、20回、25回と。着実に伸びていくのだ。
それが喜びとなって更にモチベーションを上げる励みとなった。
僕のスキルは日を追うごとに上達していったのだった。
人生でここまで何か一つのことに打ち込んだのは初めてかもしれない。
昨日できなかった事が今日できる。それはまさに子供に戻ったような感覚で、日々発見の連続でもあったのだった。
大いなる力によって
この時僕は、不思議な感覚に支配されていくのを感じていた。
このストーリーは全て書いてあって、その通りに今この現実は進んでいるのだと。
朝射し込む太陽の陽から、流れてくる音色、登場する人物たち、時の流れ、起こる現象。
それらはまさにドラマティックで、何者かの大きな手の中にいるような感覚さえ受けた。
そこは居心地がよく、淡い靄(もや)の中で、母親の胎内の中にいるような安心感と温もりにも似ていた。
全ての波動が重なり合い、完璧なハーモニーを奏でながら、唯一無二の時間が流れていく。
「ありがとう」
生きていてよかった。自然とそんな感情がふつふつと湧いてきたのだった。