ヨーロッパ編バスキング&ヒッチハイク旅 #8 「ヤンとの再会」

運命の出逢いと再会

「人生とは出逢いでできている」

とはよく聞かれる言葉ですね。

旅では人生の縮図みたいな出来事が数多く起こります。

その出逢いが自分の進むべき道を示してくれたりします。

「出逢いによって運命が変わる」そのことがまさに実感できるのが旅の醍醐味かもしれません。

◉前回までのあらすじ

アフリカ以降アムステルダムに滞在する相方のゆうき。ボクはその彼を拠点にし、ヨーロッパを周るヒッチハイク旅に出た。

ベルリンでカティアという女性と出逢い、彼女の家へと寝泊りさせてもらいながら日々街を探索する。
今回の旅の目的は、「ストリートでの出逢い」。ストリートで寝食し、ストリートで人と逢いパフォーマンスをする。大切なものは全てそこにあると思ったからだった。

ヤンとの再会

その日、夜、ボクは家路に帰る途中、横断歩道で信号が変わるのを待っていた。

人も車も通行量は少なく、静かな住宅街だった。

20mほど離れた向かい側には、2人組の若い男性らが立っているのが目に入ってきた。

 

信号が変わり、ボクは何気なく歩き出し横断歩道の中央らでその彼らとすれ違った。

すれ違いざまにボクが背中に背負っていたジェンベが見えたのか、信号を渡りきってからそのうちの一人が少し声を大きくして、『それはジェンベかいい??』と聞いてきた。

半分酔っ払っているようだが陽気な感じだ。

 

ボクは『あぁ、そうだよ!』と答えた。

すると彼らは『この先の家でハウスパーティーをやっているんだ、もし良ければ一緒にこないか?』と誘ってきてくれたのだった。

 

突然の誘いで、誰かも知らない人たちだが、ボクはすぐに『分かった!』と答えた。

 

何やら面白そうな匂いがした、またこの時、旅の中で起こる出来事や現象を全てに「Yes」で答えるようにしていたのもあった。

行ってみよう!全ての出逢いは必然である。

 

ハウスパーティー

そのままその人たちと歩いた。

家は2、3分ほど歩いた近くにあった。アパートの3階でドアを開けるとハウステクノ調の音楽が鳴り響いてきた。中は薄暗く、多くの人たちがいるのが分かった。

 

思った通りのハウスパーティーだ!

ボクのアドレナリンは放出された。

アムステルダムやロンドンでもハウスパーティーというのはよく行われていた。

DJセットが組まれ、多くの友人らが家に招待されるのだった。

 

とても楽しそうな感じだ!

ボクはジェンベを出し、DJの横で音楽に合わせて叩いた。

近くにいた人たちが寄ってきた。

といってもボクはまだまだ下手くそで全然うまく演奏はできないのだが…^^;

その後俺にも叩かしてくれという人が現れたり、みんなで賑やかな時間を過ごした。

ヤン

キッチンに行くと、先ほどボクを連れてきてくれた男たちと出会った。

そのうちの一人、彼の名はヤンと言った。

ヤンはボクにドリンクを注いでくれた。

話していると、ヤンたちはアムステルダムから来ているオランダ人というのが分かった。

 

ボクもアムステルダムから来たばかりだし、オランダは大好きな国なのでそれを伝えるととても喜んでくれた。

つい先日にあった「クイーンズデー」の話や、そこで行ったボートパーティーの話。

 

するとヤンは言った、『俺もその日、同じボートパーティーに行ってたぞ!!』

なんだって??

夜中に船で出て、明け方に戻ってくるサイケデリックトランスのあのボートパーティーに!?

 

そして話を進めていくとなんと信じられないことが発覚したのだった。

この目の前にいる男、ヤンこそが、あの日ボートパーティーが終わった後、朝日の中でボクに話しかけてきた人だったのだ。

彼はその時ボクにこう言った。

『キミの靴とボクの靴を交換してくれないか?』と。

 

その時、咄嗟に「No」と言ってしまったのだが、後になって後悔していた。

 

靴を交換してくれと突然言われたのにはびっくりしたが、この人はすごく深いことを言うのだなと思ったのだった。

理由を聞くほど野暮ではないが、あの時の自分は覚醒していて、そして何かに目覚めた時だった。

そこで言われたこの言葉には、何か大きな意味を感じたのだった。

クイーンズデー ヨーロッパ編バスキング&ヒッチハイク旅 #3「クイーンズデー」

 

しかし信じられない….!!

あの時の男性と、こんな所で再会するなんて!!!

しかもなんと運命的な再会の仕方!!!

 

シンクロ二シティー

引き寄せの法則

偶然と必然

 

とか色々と言うけれど、人生とはたまに信じられないことが起こるものだ。

この出逢いはいったい何を意味するのだろうか?

ヤンとの再会

左がヤン。右はヤンの親友ミケル。同じくアムステルダムから。

ディジュリドュ弾きとストリートパフォーマンス

ある時、いつも行っていたハッケッシャーマーケットに一人のパフォーマーがやってきた。

アンドレという彼はディジュリドュというオーストラリアのアボリジニの楽器を演奏していた。

 

ただ彼はそれを雨用パイプで作り、吹き出し口は3つに別れていた。

見た目のインパクトもさることながら、それをハウス・テクノ音楽調にビートを効かせて演奏した。

そのギャップや、リズムの心地よさ、見た目の面白さ、演奏の技術も高く、あっという間に人だかりができ、彼はほんの15分ほどで50ユーロも稼ぐのだった。

自作のディジュリドゥ

ジェンベを持っていたボクは、一緒に演奏させてくれと言ってセッションをお願いした。

しかし、まだボクはジェンベを初めて3ヶ月ほど。

過去に音楽をやったこともなく、他の楽器と合わせてやるということもよくわからなかった…。

それでも上達するにはあらゆるチャンスで挑み続けなければならない。

ボクはどうやって良いかもわからずにいたが、感覚を研ぎ澄まし、適当に叩いてみた。

 

すると少しして彼に、『君とは一緒にできないよ』と言われてしまったのであった….。

ガーン…!!

下手と分かっていても、これには正直ショックだった。

ジェンベと向き合う

実は今回わざわざジェンベを持って旅していたのも、白黒付けたいという思いがあったからだ。

ジェンベは正直でかいし重いし、旅の中で持って歩くのはしんどかった。

自分はまだまだ下手くそだし、コンプレックスも抱えていた。

 

しかしジェンベは、ボクがアフリカにいた時に衝撃を受け憧れたものだった。

ジャグリングはゆうきから与えられたものだが、ジェンベは自ら出合い始めたものだった。

衝撃、ジェンベとの出合い!!アフリカ人をつなぐ太鼓の音とは

 

しかし、思うように上達できなかったり、また今のボクはジャグリングに力を注いでいたのもある。

そんな中、ジェンベの存在はしだいに重みになって行ったのだった。

今回の旅はそれを白黒つける。「ジェンベを続けるのか、やめるのか」それをはっきりさせるためのものでもあった。

 

悔しさと負けない気持ち

アフリカで憧れ、夢を抱き、自らの意志で始めたジェンベ。

しかし思うように上達できていない現実。

そして言われた一言『君とは一緒にできないよ』。

 

そう言われた瞬間、ボクは大きなショックを受けた。

悔しかったし、悲しかった。

 

そして次の瞬間に思ったボクの想いが、『じゃあ絶対に上達するから、いつの日かまたボクと一緒に演奏してくれ!!』

ボクはほとんど考える間もなく、彼にそう言った。

それは心から湧き上がった想いだった。

その瞬間、ボクのジェンベに対する答えが決まったのだった。

彼はにっこりと微笑んでくれた。

次の一歩、ハンノーバーへ

アンドレはハンノーバーという別の街から来ていて、数日後にはそこに帰るらしい。

そこも良い街で、旅をしているならば一緒に来るか?と誘ってくれた。

誘われた、ならば行く!これはご縁だ。

ボクは1週間滞在したベルリンの街を出発することを決意したのだった。

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