世界をみる

これがクリスマス!本場イタリアで感じる聖なる夜の過ごし方!

2018年12月29日

メリークリスマス!みなさん!

1225日は言わずと知れたクリスマスですね。

クリスマスは欧米の文化、価値観の根幹を成しているキリスト教のイエス・キリスト様の誕生日。

非常に重要で偉大な日なので、その前日をイブと呼び前祝いをも行いますね。

*英語でeve(イヴ)とは前日、前夜という意味。

日本ではなぜか恋人の日という感じになっていますが、また商業的とも言われますが、しかしみんなそれで楽しんでるし、これはこれで良いんじゃないかと僕としては思っています^^

かくいう僕自身も、10代の頃はこの日を如何に異性と過ごすかで奮闘していました。(笑)

しかしその後旅をし、海外を周り、そしてキリスト教の本場であるイタリアに住むようになってから、その価値観はだいぶ変わりました。

キリスト教とは、バチカン市国とは

イタリアがキリスト教の本場である理由、それは一つにバチカン市国があるからです。

バチカン市国は、世界最小の国として有名ですよね。東京ディズニーランドより小さい国土の中にでもちゃんと銀行や司法施設があります。

そしてそこにある大きな教会、サン・ピエトロ大聖堂。4世紀頃に建てられたこの教会は、教会としては世界最大の規模を誇り、中は絵画や壁画に彫刻で飾られ豪華絢爛!芸術性としても高く、とても美しいです。ミケランジェロの描いた壁画、最後の審判もここにあります。

こここそが、世界中でおよそ12億人いると言われているキリスト教カトリックの総本山です。

そのトップである法王もここに住み、法務をこなしています。

ちなみに、キリスト教にも多くの宗派が存在し、一番聞くのが、カトリックとプロテスタントではないでしょうか?

その違い、みなさん分かりますか?

ここでは大まかな説明になりますが、その違いは、

カトリックは歴史が古く、キリストが伝えた教えからほぼそのまま時代を超えて伝えられてきています。古代カトリックから、ローマ帝国を経て、様々な儀式や祭典、役職が作られました。その為に伝統にこだわります。

また教会、神父さんには絶対的な力がありその一番上に立つのが法王です。見事なピラミッド形式の権力構造になっています。政治にも大きな影響を及ぼしてきました。多くの聖霊やマリア様も篤く信仰します。

ヨーロッパにおいてキリスト教の価値観や影響は大きく、各街は中心に必ず教会があり、そこから街が造られ広がっていきます。教会前には広場があり、人々が集ったり、市が開かれたり、大道芸人もここでパフォーマンスを行います^^

しかし、時代が進むにつれて、中世くらいの頃から教会や神父さんの汚職、堕落、またこの権力一点集中したピラミッドシステムに人々は疑問を抱き始めます。

ミケランジェロ、最後の審判−1541年。すごい世界観だ。

そこで原点に返ってキリスト教を見つめ直そうとした時に宗教改革が起こり、そこでプロテスタントが生まれました。

時はアメリカ大陸発見と重なり、このプロテスタントという価値観は、アメリカで広く普及していきました。
その為に、今でもアメリカのキリスト教はプロテスタントが多いです。

ちなみに牧師とはプロテスタントのみで言います。
教会も余計なお金を使わずに極力シンプルに造られています。

聖なる夜の鐘の響き

旅していた当時、僕はたまたまいたローマにしばらく滞在することになった。

時期は12月の中旬だった。

街はクリスマスムードに賑わい、華やかで温かみのある雰囲気は自分の想像していたものと一緒だった。

サンタクロースやトナカイもしっかりといて、しかしそれがアメリカのコカコーラ社によるものだとはつゆ知らず、しかし当時の自分としては、アメリカもヨーロッパも’’同じ’’としか思っていなかったので、それら全てを欧米の文化として楽しんだのだった。

その日、1224日の日も僕は普段通りに過ごした。街には買い物客が多いなという印象くらいだった。

この後、夜になってみなどこかへ遊びに繰り出すのかな?と思っていた。
僕は誰も友達もいなく1人だが、好奇心旺盛なので、1人でもどこかへ散策に行こうとしていた。

しかし、夜になっても街は活気に帯びることはなく、むしろシーンと静まり返ったままだ。

まして、人の影がなくなった。

僕の当時住んでいた家は、利用客の多い駅の近くでいつもはもっと夜でも賑わっているのだが、この日に限っては人通りがなくなったのだった。

そして、0時になって聴こえてきたもの、それはどこか遠くから美しく鳴り響く鐘の音色だった。

どこかの教会で鳴らしているのだろう。それは一定の間隔で打ち続けられしばらくの間続いた。

その夜は、それで終わったのだった。

聖なる夜の過ごし方

その後僕はイタリアにご縁が出来、何度もここでクリスマスを過ごす事になる。

そして友達が出来てくると、毎回みな口を揃えて言うのが、クリスマスは昼から家族と食事だ!
そして決まってみんな言って来てくれるのが、もし1人ならばうちに来るか?だ。

その後、僕はクリスマスを1人で過ごしたことはない。毎年誰か友人のお宅でそこの家族、一族一同と一緒に楽しく食事をして過ごさせてもらっている。

そこは食にこだわりを持つイタリア人ならではの寛容なところか、またハートフルで誰でも受け入れてくれる温かみのある文化のせいだろうか。

昼から始まった食事は、ゆっくりと色々な料理が出て来て、団らんしながらずっと食べている。

お腹がはち切れそうなくらい食べて本当に苦しい思いをしたのも人生でここくらいだ…!
そして夕方にはそのまま夕食と称して、また別の料理も出てくる。

お母さん達は腕自慢げに料理を披露してくれ、お父さん達は食べろ食べろと隙あらば料理を盛って来てくれる。

子供達は賑やかに騒ぎ、クリスマスツリーにプレゼントもあり、幸せな家族の時間はずっと続いていくのだった。

聖なる夜。

それはまさにこの事かもしれない。

家族と一緒に過ごす事以上の幸せがあるのだろうか。

そこにこそ、愛が生まれ、聖霊が降り立つのかもしれない。

キリスト教の本場イタリアにて、その伝統的な様式を肌で受け、胃も心も満たされ幸せを感じたのだった。

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