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僕は順よく仕事を得ることができた。
社長さんの名前は一柳さんと言った。
ビルの一室に事務所は構えられ、そこに日本人スタッフが5、6人いて、パソコン越しに仕事をしていた。
他に外に出ているスタッフなども合わせると10人ほどが働く会社のようだ。
この会社は、ツアー旅行などで来た日本人グループに対して集合写真を撮って販売したり、新婚旅行でカメラマンが付き1日観光地を巡り写真を撮る事などをしていた。
また個別にサッカー観戦や、遠くの遺跡、ツアーに含まれないオプショナルツアーを行う現地での下請け会社であった。
また語学留学や料理修行など、こちらに学びに来る人たちに学校探しや部屋貸しといった業務もしていた。
その中で僕に与えられた仕事は、世界遺産であるコロッセオでそこにやってくるツアー客に対して集合写真を撮る事だった。
目次
世界遺産コロッセオ
コロッセオは古代のスタジアムであり、闘技場だった場所だ。
今から2000年前に栄えたローマ帝国の象徴でもあり、その当時に建てられ現存する遺跡でもある。
未だにローマの街中に健在で、飛行機からローマを見渡すとまず最初に目に留まる巨大建造物だ。
その優れた設計と建築力学によって幾度の地震にも耐え、現代に残る世界7大建造物としても数えられる。
大きさは長径188m、短径156mの楕円形。
高さは48mの4階建て、収容人数5万人。(文献によっては8万人とも言われる)
遥か昔に造られたものながら、その技術や設計は今のスタジアム作りの基礎となっていて、その当時の技術力の高さがうかがえる。
天井には幕を張ることも可能だった。直射日光が一人当たり20分以上差さない配慮、地下の設備、ステージ下から舞台にポップアップで上がる仕組み、人の流れを意識した座席配置や通路の幅など、どれも考え抜かれている。
また古代ローマ帝国は水回りのインフラがしっかりと整備されていて、舞台に水を張り模擬海戦を行うことも可能だったというから驚きだ。
コロッセオは、グラディエーターと呼ばれる剣闘士たちによる戦いや、猛獣との戦い、また罪人や捕虜、死刑者たちが戦わされた。
それは残酷な殺し合いだったという。
これは、当時の人達の一大エンターテイメントであった。
残虐であればあるほど盛り上がったとされる。
良い試合をし勝者となった場合、その者たちは褒美に自由を与えられたそうだ。
その後、時代の流れに沿って進んでいき、その時の皇帝の趣味や政治プロパガンダ、人気取りなどによって内容は変化していったそうだ。
民衆は闘技会の開催を強く要望しており、皇帝によっては開催しない者もいた。そんな時、民衆は怒り、闘技会の開催を強く要望したという。
そして時代は下り、以前からあったキリスト教の強い影響もあり、西暦681年に闘技会は正式に禁止され消滅したのだった。
その全盛期と比べ、後期は娯楽としての戦いや見世物的な要素が薄れていき、時代と共に観客からの人気もなくなって行った理由も大きかったようだ。
コロッセオの写真屋さん
そんな悠久の歴史を持つコロッセオ。そこを舞台に僕の新しい生活は始まった。
ここで僕に与えられた任務は、写真を一枚でも多く売る事だった。
勤務初日、僕はコロッセオに行き、現場責任者である加藤さんに付くようにと言われた。
僕は携帯電話とバック。そして写真の見本やオーダー用紙にペン、そしてローマの地図など一通りの営業ツールを渡された。
バスに乗り、建物の合間からコロッセオの姿が見えて来た時には感動した。
ローマに着いてから僕はまだ、コロッセオを見ていなかったのでその迫力に驚かされた。
この時はまだ思ってもみなかった。
映画『ローマの休日』でオードリーヘップバーンがここをべスパ(スクーター)で駆け抜けた事や、ブルース・リーがここを舞台に決闘した事。
そして過去に何千万人、何億人という人たちがここを通過していった事。
『全ての道はローマに通ず』
そのローマの中心的な役割を果たしているこの場所に、僕はこれから毎日毎日過ごすことになろうとは。
色黒の加藤さん
僕はコロッセオに着くと、凱旋門のふもとで背が低く色黒の男性がいるのを見つけた。
見た目の雰囲気から日本人だと察知する。
僕は『加藤さんですか!?』と聞くと、彼は太く落ち着いた声で『そうだよ、待っていたよ』と答えてくれた。
見た感じ僕より4、5歳上だろう。
挨拶していると、ちょうど日本人ツアー客がコロッセオにやって来た。
彼は『今やるから見ていてね』と言った。
彼は、20人程が歩くグループの中で、「ある人」を的確に見付け、写真を撮らせてもらえないかと交渉しだした。
そして許可をもらうと、今度は先頭を歩き喋り案内していた人に向かって『撮ります!』と叫んだ。
その方はそれを聞くと、お客さん達に写真を撮ることを伝え始め、横に並ぶように指示してくれた。
すると、どこから現れたか大柄なイタリア人が現れ、立派な一眼レフ片手に流暢な日本語を使い写真を撮り始めた。
そして、
『いちたすいちは〜?』
イタリア人による思いも寄らない言葉にみんなの顔がほっこり和む。
無事に撮影が終わると、加藤さんは待ってましたと皆の前へと出て行き、今撮った写真の説明を始めた。
お客さん達は加藤さんに耳を傾け、そして時折笑ったりしながら頷いて聞いていた。
そして写真の欲しい方のオーダーを募った。
最後はみんな楽しそうに帰って行ったのだった。
その後何回か見ていたが、写真を撮るまでの一連の流れは一緒だった。
ただ、写真の説明をするタイミングは、撮影の前だったり後だったりした。
またグループによって流れは変わったし、客層もおじいちゃんおばあちゃんの年配の方から、家族連れや親子、また新婚さんがいるとき、若者グループや大学生など様々だった。
その度に加藤さんは喋る内容も変えていた。
ここまでやって彼は僕に一通りの説明をし始めてくれた。
まず最初にグループが来たら、その責任者である「添乗員さん」を見つけて、写真を撮らせてもらえないか交渉すること。
許可が出たら、一番前で歴史の説明をしているガイドさんに伝え撮影場所にグループを誘導して行ってもらうこと。
そして、ここで僕らが出て行って、写真の説明をすること。
この説明の部分が一番重要で、ここでどれだけお客さんに僕らの言葉を響かせられるか、また信頼関係を築けるかで売り上げが変わってくる、と言うのだ。
そして実際の撮影は、提携している会社のイタリア人のカメラマンが行う。
それはこの国の法律上、コロッセオ内での撮影はイタリア人でないとなかなか許可が取れないらしいという事があった。
そして撮影が終わった後に写真の希望者のオーダーを取る。
以上だった。
これらが一連の流れだった。
加藤さんは、これは営業力だと力強く僕に説明してくれた。
写真が売れるのも売れないのも、僕ら次第。
そこに価値を見出してあげること、また欲しいと思わせること。
『この仕事ができれば君はどこに行っても通用するようになるよ。』
そう語ってくれた。
加藤さんは少しぶっきら棒なところがあるが、芯が強く、前向きで、挑戦家だった。そんな姿に僕はすぐに親近感を覚えたのだった。
一通り説明が終わった後、加藤さんは僕に向かって、『わかった?』と聞いて来た。
わかったがわからない(笑)
単純なようだが、これは決して簡単なことではないぞ。
そもそも、この手の仕事で簡単なものなんてないだろう。
しかし、難しい事や、経験になる事は大いに歓迎だ!
『よ〜し!』
新たな挑戦を前に、僕は今一度覚悟を決めたのだった。
【イタリアとの出合い5へ続く】