砂漠の果てはニューヨーク!??西アフリカの都・セネガル突入!!
モーリタニアを抜けると、日本でも名前くらいは聞いたことがあったセネガルという国に入った。
セネガルの首都ダカールは、一昔前に奴隷貿易で栄え、西アフリカのニューヨークと呼ばれていたと書いてある。
ダカールといえば、車のレースに興味がなくても、パリダカという名前は聞いたことがある。
その名の通り、パリからサハラ砂漠を縦断し、ダカールまで走破する過酷なレースらしい。
モーリタニアは砂漠以外ほとんど何もなかったので、ここでは何か面白いものが見れそうだと僕らはセネガルに期待した。
僕らは一応ガイドブックを持っていた。’’ロンリープラネット’’というガイドブックだ。
これはオーストラリアの会社が発行するガイドブックだ。
もちろん英語だが、その為に世界中の旅行者が使い、全世界を網羅していた。
日本のガイドブックでは需要の問題からか、そこまでマイナーな地域のものはない。
一時期’’旅行人’’というマニアックな地域を取り扱ったコアな旅人向けのガイドブックがあったが、情報網においてロンリープラネットに勝るものはない。
行き当たりばったりを目指す旅人にとって、ガイドブックを持つことに抵抗がある人もいるが、僕は持つことに反対はしない。なぜならば、よりその地域の歴史や文化なども学べ、より一歩踏み込んだ旅ができるのも事実だからだ。
もっともこれらも昔のものとなりつつある。今の時代はスマホやタブレットがあり、また発展途上国でも旅行者に来てもらう為にwi-fiを完備している所は多い。
世界遺産の街、Saint -Louis(サンルイ)
セネガルの北西に位置し、16世紀頃から近年までセネガルの首都だったという街、サンルイ。
フランスの植民地下におかれ、現在ではユネスコ世界遺産にも登録されている。
今でも西欧風の建物が残っていたり、その歴史を感じることができる。
僕らはこの街に着くと、ガイドブックに従ってサンルイ島と呼ばれる南北に細長い半島に宿をとった。
そこは敷地の中にコテージが建ち並ぶ可愛らしい宿で、目の前には真っ白なビーチと共に大西洋が広がっていた。
僕らは一気にテンションが上がった。
季節は11月だ。とはいえアフリカ。赤道まではもう少し。暑いが乾季のちょうどいい気候だった。
また時期的なものなのか、コテージには他の旅行客は泊まっていなかった。
サンルイの街は旅行客が多いと聞いていたので意外だった。
サンサンと降り注ぐ太陽のもと、久しぶりに羽を伸ばした。
僕らは早速水着に着替えるとビーチで遊んだ。
泳いだり、日焼けをしたり、スイカ割りをしたり、黄色い蟹を捕まえたりした。
大きな砂浜には僕ら以外の誰もいない。
たまに観光客を狙って、物売りが来るが、それも少なかった。
こういう時に仲間がいるといいなと思った。せっかくの海もビーチもコテージも1人だとこんなに楽しめないだろう。
そして辺りも暗くなってきてコテージへと戻ると、昼間のパラダイスとは対照的に地獄が待っていたのだった…。
恐怖の宿。黒光りするその正体は…!?
コテージの中は6畳ほどの空間にベットが三つ並んでいた。それぞれに蚊帳がついているのは、熱帯の地域には必ずあるもので蚊によるマラリア避けだ。そして部屋の奥にはトイレとシャワールームがあった。
コテージの作りは藁を束ねて造ったものだった。
雰囲気があるな、最初そう思った。
しかし、その藁のせいかどうかは分からないが、そこが住みやすいのかどうか、小さくて黒く動く物体がたくさんいた。
昼間の明るい時間にはいなかった…。しかし夜の闇と共に現れたそいつは、決して数匹いるというレベルのものではなかった…。
最初何かよく分からなかったし、現実を認めなくなかった。…が、やはりしっかりと見なくては…。
そして僕は半分意識を失いそうになった…。。
そう、ここまで書けばみなさんお分かりかもしれないが…、それはまさに’’ゴキブリ’’だったのだ……!!!!
『ギャーーーッ!!!!!』
数匹いるなんてものじゃない、壁、天井、床、そしてトイレにまで、ありとあらゆる所にいた。
数えられないが、見える範囲だけでもゆうに数百匹はいたと思う…。
油断をするとバックの中にまで入ってくる。
最初は僕も抵抗し、近くにいたものを叩いて潰した。
しかし、彼らはたくさんいるし、その潰したものを仲間同士で食べている…。
これは地獄絵図でしかなかった…。
僕の顔は真っ青になった。
ここには泊まれない、今すぐここから飛び出したい、背筋が凍りついた…!!
雄生や望もきっと同じ気持ちだろう、こんな所からは早く逃げ出そう!
と思い彼らを見ると、なんと雄生はまーったくと言っていいほど気にしていなかった…。
むしろロンリープラネットを見て、この後の旅の計画にワクワクしている様子だった。
僕は唖然とし、なんて無神経な奴だと思った。
けれどさすがに望は嫌だろう、女の子だし、まして立派な日本人だ。同じ感覚を持っているはず!
しかし、その望もま〜ったくと言っていいほど気にしていなかったのである…(涙)
なんて奴だ…。さすが女性1人で世界を旅するだけある…。
けれどじゃあ僕はいったいなんなんだ?!ゴキブリに騒ぐ僕を彼らは半分白い目で見てきた。
そして『我慢しろ!』と言われた…(涙)
僕としてはゴキブリに騒がない人たちを初めて見たし、しかも数百匹のだ…!!おかしいのはどっちだ!?
しかしこうして多数決というか、不条理にも僕はここにいる事を余儀なくされたのであった。
その晩は、怯えていてほとんど眠れなかったのは言うまでもない。
しかし、その後1週間ほどここに滞在したが、不思議と最後の方はあまり気にならなくなったのであった。
しかし、夜寝る時の蚊帳だけは必死に張った。隙間が空いていればえらい事である…!
それ以外は、最高のロケーションに僕らは心から満喫したのだった。
そしてここら辺から、僕はジャグリングというものを雄生から習い始めたのであった。