ワールドトラベラーYogiのブログサイト

【イタリアとの出合い1】〜初めてのヨーロッパ〜

2019/07/14
 
この記事を書いている人 - WRITER -
パフォーマーYogi 二十一歳の頃より世界を周る放浪の旅に出る。アジア、ヨーロッパ、アフリカと駆け巡り、そこでの出逢いからパフォーマーとして歩み始める。その後はイタリアに居を定め演劇芸術を学んでいく。豊富な経験と独特の感性から綴られる言葉は広く世の中を貫く。特技はバルーンアート!
詳しいプロフィールはこちら

旅立ってからまもなく1年、アジアを抜けるとヨーロッパへと入った。

時は2006年、季節はまもなく冬になろうとしていた。

旅する事にもだいぶ慣れ、好奇心旺盛な僕は、新しい街に着いてする事といえばその街を徹底的に歩き通す事だった。

しかし観光地や、またグルメなどに興味があるわけでもなく、ただひたすら歩いてその街の地形や、どんな建物があるのかを見ていた。素晴らしい風景の場所はすごく感動したし、また街のスラムや治安の悪いと言われている場所に行くことにも戸惑いがなかった。むしろ、そんな所を見付けると、自ら積極的に乗り込んでいったりしていた。

何がしたいわけでもないが、とりあえず見ておきたかった。将来の事なんてまだこれっぽっちも分からないが、しかしそういった社会の闇を見る事は大事だと思っていた。またそこに心惹かれる自分もいた。

しかし悪運が強いとはこの事だろうか?(笑)

それでも危険な目には未だ遭った事がないのだから。

ロンドン・パリ、憧れの初ヨーロッパ旅行!

僕はこの旅で初めて飛行機を使った。

ちょうどこの時、ヨーロッパで流行りだしていたいわゆるLCC、格安飛行機だ。

ヨーロッパの主要都市間を千円〜三千円くらいで飛んでいる。
スペシャルオファーというのをやると、2ユーロくらいで飛べた。
僕はこれに乗ってみたくなり、ちょうどインドで出会った友達と再会する為もあって、ロンドンへと行く為に乗ってみた。

感想は、こんなものかなと思った。

座席間が狭く、シートのリクライニングもなく、またそのシートもプラスティックであり、なかなか窮屈な思いをした。

それでも飛行機に数千円で乗れたのには感動したが!

(今は競合社も多く、サービスは向上している。)

ロンドンで無事に友達と会うと、高速列車ユーロスターを使い共にパリへと向かった。
そこで数日間滞在し、かの有名なパリを見て周った。
そして友達と別れると、フランスのTGVと呼ばれる高速列車にも乗ってイタリアへと向かったのだった。

これらも一度乗ってみたかった夢であった。

感想は、日本の新幹線の方が設備や快適性、サービス共にどちらよりも上である、だった。(笑)

驚異のユーロ高!ヨーロッパ周遊とその代償…

そういう訳で僕は、パリからミラノを経由し、フィレンツェ、ローマとあっという間に南下して来ることができた。

ヨーロッパは美しいと思った。

アジアとは別世界であり、華々しさや歴史を感じる建物が多く目を奪われる事が多かった。

また街灯一つとってもオシャレで、オレンジ色が古い町並みに合い、独特の情緒を醸し出していた。

パリ、セーヌ川沿い

そんな中、旅人である僕はある事に悩まされていた。

それは、物価の高さだった。

ヨーロッパを周遊する目的で、お金もある程度用意してそれを使う目的で来ている訳でなく、ただ旅の中で立ち寄っているというだけだった。

なので、泊まるところといえば、やっぱり大部屋で大勢で寝泊まりするドミトリーと呼ばれる形式の部屋だし、それらはユースホテルとか、ホステルやゲストハウスという名でも呼ばれていた。

アジアでは、一番安いのはインドだった。一泊100円とかで泊まれた。
食事も安く、一日500円あれば、3食プラスおやつなんかも食べれた。

しかしヨーロッパはそうはいかない。都市にもよるが一泊安くても20〜30ユーロはする。

イギリスの通貨はポンドだが、そこでもやはり20ポンドは最低した。

問題は、その為替の値動きだ。2006年、この時ユーロもポンドも異様に高かった。

1ユーロで160円〜170円。
ポンドに至っては1ポンド250円もした。

これは、20ユーロで3200円以上、
20ポンドでは5000円にもなった。

そこに食費が入る訳だが、かなり切り詰めないと厳しい訳である。

(それ以降は下がり続け、2019年現在は1ユーロ120円前後、1ポンド140円程だ。)

僕はアジアでかなり節約していて、貯金を少し使っても大丈夫だと思っていた。
そうして調子に乗ってユーロスターやTGVなども使って移動してみたのだが、その考えが甘かったのだった。

残高不足!?真冬のローマでの決断

初めてのヨーロッパはTVで見た世界をそのまま再現していて、あらゆる所に興奮を覚えた。

そして僕はイタリアのローマにまで辿り着く事ができたのであった。

この後は、物価の高いヨーロッパは抜けてアフリカへと行こうと思っていた。

そんな矢先の出来事だった。

僕はいつものようにATMに行き、手持ちの国際キャッシュカードから現金を引き出そうとした。

しかしエラーが出てしまいお金が降ろせない…!?

んん…!?

なぜだ…??

(海外のお金の持ち方)

僕はその謎を解明するために、ATMの項目にある「Balance」の英語表記ボタンを選択した。

これは残高照会だ。

すると「10ユーロ」と表記されている。

僕は一瞬目を丸くした!

そしてすぐさま近くのネットカフェに行った。

そして、ウェブ上から自分の口座にアクセスして入出金明細を確かめて見る。

すると…、確かに1600円程しか残されていない。

これが僕の全財産だった…。

特に悪用されたとかいう訳ではなく、自分の収支のバランスが悪かっただけだったのだ…。

アジアの感覚でお金を使いすぎてしまったようだ。

やってしまった…。

僕は少しの間頭がボーとした。

季節は12月上旬、本格的な冬はもう目の前まで迫ってきていたのだった。

–続く–
【イタリアとの出合い–2】〜旅のきっかけ〜

この記事を書いている人 - WRITER -
パフォーマーYogi 二十一歳の頃より世界を周る放浪の旅に出る。アジア、ヨーロッパ、アフリカと駆け巡り、そこでの出逢いからパフォーマーとして歩み始める。その後はイタリアに居を定め演劇芸術を学んでいく。豊富な経験と独特の感性から綴られる言葉は広く世の中を貫く。特技はバルーンアート!
詳しいプロフィールはこちら

Copyright© World Performing Blog , 2019 All Rights Reserved.