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今回僕らがアムステルダムに来たのにはいくつか理由があった。
そのうちの一つがクイーンズデー(Queen’s day)だ。
毎年4月30日はオランダ女王の誕生日であり国を上げての大きなフェスティバルとなる。
街中がパーティー会場となり、そこらかしこで盛り上がる一大イベントなのだそうだ。
今年も是非それに参加したいというゆうきのアイデアで僕らは再びアムステルダムにやって来たのだった。
目次
ボートパーティー
アムステルダムでは街中に音楽ステージが設けられたり、飲食店がスタンドを用意し始めたりと少しつづ準備が始まった。
ゆうきはボクにクイーンズデーの前の晩はボートパーティーに参加しようと話を持ちかけてくれた。
彼の友人たちもみなそこに参加するらしく、何やら面白そうだった。
クイーンズデーを数日後に控え、街でもホステルでもあたりはオレンジ色一色に染まっていくのだった。
Queen’s dayとは?
Queen’s dayとは女王誕生祭のこと。オランダ王室ベアトリクス女王の誕生を祝うオランダの祭日で4月30日。
この日にはオランダ全土がオレンジ色(オランダ王家の色)の飾りが掲げられ、さまざまなパレードや音楽祭が催される。
またフリーマーケットが開かれ、街の通りで住人が自由に物を売買することが許される。
*2013年4月30日に女王の王位の退位により、クイーンズデーはなくなる。
現在は息子ウィレム・アレクサンダーが新国王に即位し、彼の誕生日である4月27日に「King’s day」を行う。
参照:wikipedia
船の中のダンスホール
その晩、僕たちは21時ごろにみんなで出発した。
船は、アムステルダム駅の北側の地区から出航するらしい。
運河が張り巡らされたアムステルダムの街。駅を越えると直ぐ目の前は大きな運河に遮られている、そこからは連絡船で反対岸に渡る。この街にいると、何かと船に乗る機会が増えるようだ。
そうして港までやってきた僕らの目の前には、中型の客船が停まっていた。
サイズ的には、3〜400人ほどが乗れる規模か。
入り口でチケットチェックを受ける。
すでにゆうきを通して40ユーロほどのチケットは購入していた。
中は薄暗く、すでに大音量の音楽とともに大勢の人々の熱狂が聞こえる。
中に入るともう友達たちがどこにいるのか分からない。
ボクはゆうきを見失わないようにした。
船の中は2階建てでバーとチルアウトルーム(休憩所)を除いてダンスホールとなっていた。
船頭はステージになっていて、DJブースがある。
彼らの作り上げるトランス・サイケデリックミュージックに人々は熱狂した。
ボクもついつい体が動き出してしまう。
船はそれから間も無くして出航した。
若干の揺れを感じつつ、窓から街灯の光が小さくなっているのが見えた。
魔法の錠剤
ボクは不意にゆうきの友人の一人に呼ばれ、一つの錠剤をもらった。
『これは?』
『この水と一緒に飲むといい』
そうとだけ言われ、ボクは素直に頷きカップに入った水と一緒にそれを一飲みした。
それが何かはよく分からなかったが、どういうものかは想像がついた。
ボクは好奇心の塊だった。なんでも一度は試してみたい、旅の信条でもあった。
それからしばらくボクはダンスホールで一人踊っていた、するとしばらくして自分の感覚が変わってきていることに気がついた。
なんだろう?
頭の思考がゆっくりとなった感じだ。ものごとがすごくゆっくりに見える。だけれど洞察力はすごく上がっている感じだ。
また視覚聴覚などの感覚もすごく冴えている。音楽が深く聞こえ、音の質感にまで注意が向くようになった。
胸の奥も温かくなってきてハートが熱い。心臓が熱いというのではなく、ハート、心がだ。
その熱はまるで核原子力のようで、どんどんと心の奥底から感情が溢れ出てくる。それを体全身を使って表現をしたくて堪らない。音楽を聞くと自然と体が動いてしまうのだ!
今ここにいることに満足や感謝を覚え、感受性が今までにないほど高まっていることに気づいた。
ボクは一人でめちゃくちゃ楽しく踊っていられた。
ひとしきりダンスホールで踊ると、その後チルアウトルームへと行ってみた。
その中で、ボクはゆうきの友人らと何人かと出会えた。
今この非日常的な環境では一緒に来た友人たちとは不思議な絆を感じ安心感を覚えた。ボクは彼らのそばに腰を下ろした。
チルアウトルームではアンビエントな音楽がライブで演奏されていた。
心の奥底からの湧き上がるエネルギーは、「踊りたい」という欲求だけではなく、座って音楽を聞くことや、
また友人らと接する上でも、大きな感情と、深い想いやりに包まれた。
これは何だろう?
ハートから無限に湧き上がる。
これは愛情だ。
これが薬の力なのだろうか?
これは人間が本来持っているものを純粋に引き出してくれているのだろうか?
まるで人間の本質は「愛」というのを証明するかの如く。
そしてボクはこの後に、未だかつて見たことのない新しい境地に達するのであった。
朝日と共にそこでみたもの
ボクの体力はまだまだある。ダンスホールに再び降りると、そこでまた別の友人らと出会した。
ゆうきもいた。彼は本当にみんなのムードメーカー的存在だ。彼は常に人の中にいて、ひょうきんで人と遊ぶのが大好きだ。
大勢の人でごった返すなか、僕らは一緒になって踊ったのだった。
そうして気がつくと窓から外の光が入り込んできていた。
もう朝になっていた。
船はすでに港に戻っていて、帰宅する人もいてダンスホールはだいぶ人が少なくなっていた。
ゆうきや友人らはまたバーやチルアウトルームなどへと行ってしまい、朝日が照らすなか、ボクは一人で踊っていた。
DJは相変わらず同じテンションで音楽を鳴らし続け、人々が離れていくのを少しでも止めようとしているかのようだった。
そんなダンスホールには、2〜30人ほどの人たちがまだ踊っていた。
踊っている人たちにはいろいろなタイプの人がいた。
踊りながら人々の間を駆け巡り、一緒に遊びながら踊る人。
ひたすら自分の世界の中に入って踊る人。
スピーカーの前で踊る人、後ろの方で踊る人。
友人らと踊る人。
いろいろな人がいる。
ボクもそこで彼らの中で一緒に踊っていると、ボクはその瞬間不思議な感覚に支配された。
朝日が照らす空間。そこで同じ場所で同じ音楽を共有しながら、同じ方向を向いて踊る人々。
言葉を超えたコミュニケーションの世界。
そこにあるのはただ一つの共有意識だけ。
その瞬間ボクが見たものとは、
まるでそこが「天国」に見えたのだった。
少なくとも、この高く澄んだエネルギーはそこに通じているようにも思えた。
ボクは疲れを通り越して、覚醒してきたか。
なんだここは?
そう感じると、ボクはそこのダンスホールにいる人たちみんなに対し仲間意識が芽生え、深い愛情が湧いてきた。
ボクはみんなの先頭に立って踊りたくなり、前へと出て行った。
そこでクルッと振り返りみんなの顔を見ながら踊り出していた。
無意識にそうしていた。
そして一人一人の目を見て、目が合うとボクはすごく嬉しくなりとびきりの笑顔になった。
すると相手も笑顔になった。
そして今度は隣にいた人に目をやり、また無意識のうちに見つめていた。その人と目が合うとボクは嬉しくてまたとびきりの笑顔になったのだった。
そしてまた相手も笑顔になる。
そんなことをして、ダンスホールにいた人たち全員とボクはアイコンタクトをとっていた。
クスリの効力はとっくに切れているはずだ。体も疲れていたはずが、人との触れ合いが喜びとなり、それがまた湧き上がるエネルギーとなっていた。
そうしてボクは、みんなの前でめちゃくちゃ笑顔になりながら踊っていたのであった。
その後に考えると、なかなか思い切ったことをしたなと思ったが、その時は無意識の行動だった。
そしてゆうきらも帰るというのでボクもその場から離れる時がやってきた。
いつまでもこの中にいたい、そんな感覚だった。
目覚めの朝
船を降りて帰ろうとすると、不意に知らない男性に『キミの靴とボクの靴を交換してくれないか?』と言われた。
ボクは咄嗟のことに判断できなくて、断ってしまった。
その彼は、20代ほどの青年で、頭はドレッドヘアーで身長は高い。その目はとても澄んでいた。
不思議なことを聞く人がいるもんだ、と思いつつ、しかしその後しばらくは彼のことが頭にあった。
来た道を戻るように、また連絡船に乗りアムステルダム駅へと行く。
そこから見えた雲の隙間にある太陽の光。
ボクは自然と涙がこみ上げてきた。
「偉大な経験をした…」
最後のダンスホールで見た景色と経験。
ボクは何かを悟っていた。
この感覚、何か眠っていたものが目覚めたようだった。
これは愛の感覚だった。
クイーンズデー
その後僕らは昼過ぎまで仮眠をとると、街へと繰り出してみた。
そこにはオレンジに染まった群衆と、そしてハチャメチャなパーティーがそこらかしこで繰り広げられているではないか!!
街中ではビール片手にみんな楽しそうにはしゃいでいる。
アムステルダムの運河はとりわけ凄かった。
何隻ものボートが駆り出され、運河はボートだらけになっていた。
街の中に特設ステージが設けられ、それぞれの場所でDJ達が場を盛り上げている。フォークミュージックからロック、オルタネイティブ、テクノやドラム&ベース、トランス、サイケデリックまでいろいろな音楽が場所ごとに鳴り響いていた。
ボクはそんな人々の姿を見ているのが楽しかった。
自由だ。まさにその一言!
規模がすごいし、一見カオスに見えてしっかりとした秩序のもとに動いている。
「アムステルダム」ボクはこの街を生涯忘れることはないだろう。
しかし昨日のあの感覚は何だったのだろう?
胸の奥にまで深く響いた昨夜の体験は、人間の本質をボクに教えてくれた。
ボクははっきりと何かに目覚めたことを感じ得たのだった。